今日、4月30日は私の結婚記念日。
23年になりました。早いモンですな。
月末なので、今日は猛残業デーになることがはなから分かっていたから、昨日カミさんと久しぶりのランチに行きました。
父のこともありましたが、我々の老いじたくのことや私が開業に向けて考えていることや資金計画など、今まで言い出しづらかったことも含めて率直に話せました。
まだ全面賛成とまではいきませんが、ある程度、考えは理解してくれたみたいで、当初の予定より開業スケジュールが早められそうな状況になってきました。
少し前のブログで、ターニング・ポイントの話を書きましたが、今回の看病帰省で私の意識も変化したし、周りのいろんなことが動き始めているのが実感されます。
それは嬉しいことばかりではないけれど…。
いろんな風を感じながら、未来に向かって歩を進めて行きます。
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昨日はずっと父の側で付いていて、寝たきりで辛そうな首や背中をマッサージしたり、引き続きカラダのいろんな所からピリピリを抜いたりして、回復を祈ってました。
ピリピリは足の裏が結構強めに反応しますね。
JNのリンパの施術でも教わりましたが、確かに邪気が出やすい場所なんだというのが実感できました。
それで、病院から自宅に戻るラスト1時間で、呼吸の苦しそうな父のために、喉の両脇に両手を当てて、邪気を抜いたのですが、これが凄まじいことになってしまいました。
私の両手が塞がっているので、受けたピリピリを足から床に抜くようイメージして誘導したのですが、あまりにそのエネルギーが強く、カラダ全体、両脚が痺れるほどの強烈さ!
ピリピリじゃなくビリビリビリビリ~!!!!っていう感じ。
うわーっ! 何だコレ!?
何度か中断しながらカラダを払い払い、数回繰り返しましたが、私のカラダに受けたダメージがヒドく、頚椎から腰まで、左側にズラリと痛みが出てしまいました。
気力を使い果たして、もうフラフラ。
病院という場所柄、ヘンなものが悪さしたのかもしれませんが、こんなのは初めての体験でした(汗)
普通の施術でピリピリを抜く程度なら心配はないのでしょうが、父のような重篤な患者さんに対してはホント、心してかからないといけませんね。
…帰省して3日間、未熟な整体師ですが、私にできる精一杯のことはやってきました。
マヒした右半身が動き始めていい兆候は見られましたが、後は本人の気力と運命に委ねるしかありません…。
心配は尽きないですが、母からの朗報を待ちたいと思っています。
初日、マヒした右手の親指だけ動いていましたが、翌日、病室に行ってみると、おお!右手がずいぶん動くようになっているじゃありませんか!!
握手すると5本の指でしっかりと握り返してきます。
それから、右足の指も動かせるようになりました。
私がひたすら右半身をさすったり、いろんな場所からピリピリを抜いていたので、父の自己治癒力が発動したんでしょうね。母も兄貴も驚くやら喜ぶやらでした。
それで今日、3日目。
病室に行ってみたら、おや? 右手がベッドにくくりつけられています。
何で? と看護師さんに聞くと、右腕を顔のあたりまで上げられるようになったので、コードや管を抜いたらいけないから、とのこと。
これも正直、ビックリです。重たい腕をそこまで動かせるのは、かなりの回復ですよね。父の治りたいという気持ちがよっぽど強いんだと思いました。
言葉はまだ聞き取れませんが、少しずつハッキリしてきているし、こちらからの問いかけには首を振ったりして反応できるようになりました。
でも、登山で言ったらまだせいぜい2合目ぐらいでしょうか…。
先の道のりは長いので、一喜一憂の日々が続くと思いますが、何とか元気な姿に戻って欲しいものです。
親父、頑張れ!!!
また親子揃って乾杯しようよ。
昨日、病室で母の頚椎をデバーシで矯正して首を楽にしてあげたら、
「耳鳴り、何とかならない?」
との要望。
実は以前、帰省した時にもトライしたのですが、その時は玉砕。全く変化が出ずに苦い思い出が残っていました。さあ、今回がリベンジですね。
病室にはベッドがなかったので、仕方なくイスに座った状態で後頭骨2のラインの痛みをとって、さあ上頚を…と思った矢先に看護師さんが来たので施術は中断。続きは夜、自宅でということに。
夕食後、耳鳴り以外の不調箇所を尋ねると、右膝の痛みと右腕のシビレがあるとのこと。なのでまずはそちらから先に片付けることにしました。
膝はお皿の奥のほうが痛くて、立ち上がる時にスッと立てないんだとか。
膝蓋を動かしてみたら動きはスムーズで引っかかりもなし。これならドロップなしで大丈夫そうです。
膝蓋に沿って指を当て約1分。痛みは9割消え、あとピンポイントで残った痛みをさらに1分。これで正座からでもスッと立ち上がれるようになりました。
腕のシビレはC6、肩、肘、手首とやりましたが、肩の付け根に脂肪瘤があって、どうもそれが神経を圧迫している節が。その辺りに手を当ててピリピリを取り除くとシビレはほぼなくなりま
した。あと上腕に残った圧痛点はカウンターストレインでトドメを刺したらほぼ不調は解消。
よかった、よかった。
さて、いよいよ耳鳴りですが、症状は両耳の中で蝉が鳴いているぐらいのヒドさ。
施術は上頚、下頚、クラニアル一通り(EP長め)。
結果、右耳の蝉はどこかに飛んで行ったみたいです。
左耳の蝉も鳴き方が変わったそう。
いやー、少しでも結果が出せて良かったです。
で、母に「これで6000円、もらえると思う?」と試しに尋ねてみたところ…
「もらえる」
と即答してくれました。それだけ効果を実感した証拠ですね。
とても自信につながりました。
深夜バスで今朝、徳島に戻ってきました。
実家で朝ご飯を食べた後、母と一緒に病院へ行き、父と対面…。
うーん、残念ながら思った以上に状態は悪そうです。
酸素吸入をしていて、唸るような呼吸を繰り返し、かなり苦しそうな様子でした。
時折目を覚まして何か喋るんですが、舌や声帯もマヒしているので、残念ながら内容はほとんど分かりません。
でも、私が帰ってきたことは認識したみたいで、嬉しそうな表情を浮かべてくれました。
今日は朝イチでCTスキャンを撮っていて、担当の若い医師から経過の説明を受けました。それによると、脳の出血は収まり、脳幹を圧迫していた浮腫も小さくなっていたのはいい材料だったのですが、脳脊髄液の排出が上手くいってなくて、脳室に少し水が溜まり始めているとか…。
あと、肺炎になりかけているのが不安材料です。
唾や痰を飲み込めないから肺に落ちてしまうので、これも仕方ないのかもしれません。抗生物質の点滴が効いてくれればいいのですが…。
で、私はとにかく父のためにできることをと、頭部やマヒしている右手に手を当ててエネルギーを送り続けました。
やっぱり思った通り、だいぶピリピリが伝わってきましたね。
看護婦さんや理学療法師さんのケアの合間にずっとやっていたのですが、3時ごろでしょうか、握手していた右手が、親指だけですが握り返してきました!
少しは私のエネ注が効いたのかも知れませんね。
徳島滞在はあと2日。
少しでも回復の兆しが見えるよう、精一杯、頑張ってみたいと思います。
奇跡を信じて…。
人間だれしも、未来のことは分からないけれど、後から思えば、ああ、あの時に大きく自分の人生の歯車が動いたんだな…としみじみ振り返ることはあります。
受験、就職、出会い、別れ、結婚、出産…etc.
人生には様々なターニング・ポイントがあります。
私が数年前にカイロプラクティックや整体について学びたい! と思ったときもそうだし、JN整体スクールに入学を決めたときもそう。
それは偶然ではなく必然だったんだなぁと今は確信しています。
もちろんすべて自分の意志で決めたことですが、そこに神様というか、something greatというか、宇宙の意思というか…そういうものの大きな力が降り注いで、新しい人生の扉が開かれていったように思えてなりません。
この度の父の入院の件をはじめ、自分の周りのいろんなことが急激に動き始めています。
今まさに私の人生の歯車が少しずつ回り始めているのかもしれません。
直面している大変な事態も、それを嘆くだけでなく前向きに捉えて出来る限りの努力は惜しまないつもりです。
先が見えない不安はありますが、ポジティブ思考で未来を考えていけばきっと不幸な道は歩まないでしょう。
「思考は現実化する」ですもんね。
そうじゃなかったら神様(というか、something greatというか、宇宙の意思というか)が居る意味がないですよね。
私が通っている
JN整体スクールから本日、2名の方が開業されました!
おめでとうございます。
お一人は土屋先生。私と同期で、スクールでは大変お世話になりました。
☆からことカイロ整体院
(HPアドレスは後日、お知らせします)
場所は横浜の関内駅から徒歩1分。
もう一方は大川先生。
☆ペルキュア整体院
http://seitaide-yokunaru.com/こちらは杉並区の高円寺駅北口からスグ。
お近くの方、沿線にお住まいの方でカラダに不調のある方はぜひ、両院にご相談ください。
お二人の先生方、頑張ってくださいね。応援していますよ!
……それにしても4月に入って立て続けに4名の方が開業されました。他の整体スクールでは到底考えられないような開業ラッシュです。
本当に素晴らしいですね!!
今、臨床に入っている先生たちも続々と開業する予定で、日々、研鑽を積まれています。
私も負けないように、手技に磨きをかけていきますよー!
切磋琢磨。うーん、このスクールの雰囲気、とてもいいですね!
父の容体は昨日と変わっていない様子。安定しているので少し安心しています。
午後から再びCTスキャンをやるみたいで、何か明るい材料があればいいのですが…。
いま入院している病院は最新鋭の機器が揃っているところなのですが、救急対応がメインなので、入院できるのは2週間ほど。その後はまた別の病院に転院しないといけません。
リハビリも結構、時間が掛かりそうですね…。
こういうことがあると、改めて健康の尊さが身に染みます。
家族のことも考えて、自分自身の健康にも意識を向けないといけませんね。
それともう一つ心配なのは母のこと。
昨日、電話で話した時には気が張ってしっかりしてたけど、心のダメージは相当受けていると思います。
近くに母の兄弟がいるのでまだ支えにはなってくれると思いますが、帰省した折には母の心のケアもしっかりしてこようと思っています。
そう言えば27年も前の話になりますが、ちょうどGW前の今頃、西宮で下宿していた私が虫垂炎になり、京都に住んでいた兄貴と、徳島から両親が病院に駆けつけてくれましたっけ…。
一人で手術を受けた後に家族の顔を見て、とてもホッとしたことを思い出しました。
こんな顔ですが、今回は両親にホッとしてもらう番ですね。
今朝、通勤中に母親から私の携帯に電話が入りました。
こんな時間におや? と思ったら…
「真夜中にお父さんが脳内出血で、大きい病院に救急車で運ばれた…」
!!! 一瞬、目の前が真っ暗になりました。
父は腰痛のために知り合いの個人病院に入院していたのですが、そこの看護婦さんが深夜の見回りの際に、寝ている様子がおかしいと異変を察知して、スグに大きな病院に搬送してくれたみたいです。そこの病院の先生もずっと付き添ってくれたんだそうです。
意識はあって少し話せるみたいですが、右半身が不随になってしまっています。
桑名に住む兄貴が会社を早退して甥っ子と一緒に徳島にクルマで駆けつけて様子を連絡してくれましたが、幸いなことに容体は安定していて、夕方にはICUから一般病室に移ったとのこと。
看護婦さんのお陰で早めに処置できたことが功を奏したんでしょうね。
本当にありがたいことです。ちょっと安心できました。
実は…今から思えば前兆はあったんですね。
今月の7日に、病院の外泊許可を得てクルマを運転していた父。助手席には母を乗せていましたが、誤って田舎の用水路に突っ込んでしまいました。アクセルを踏んだつもりはないと本人は言っていましたが、右足の感覚が鈍っていてアクセルに掛かってしまったんでしょう。
幸いなことに、その時は畑のビニールハウスの支柱で引っかかったのでケガもなく、クルマはJAFのレッカーで引き出して自走で帰れました。
でも、もう80歳の父に運転させるのは限界だと家族で相談し、つい2、3日前に廃車を決めたところだったんです。
で、後で母に聞いたらその事故の前、父は風呂の湯船で後ろに滑って倒れて尻餅をつき、また出先で今度は前につんのめるように転んでしまっていたんだそう…。
本人も母も、ちょっとつまずいた程度に思っていたのでしょうが、もうその時からカラダの異変は始まっていたんだと思います。
今すぐ飛んで行きたいのは山々ですが、急遽休みを取って金曜日から帰る予定。
何もしてあげられないかも知れませんが、右半身が少しでも元に戻るよう、精一杯カラダをさすってきてあげようと思っています。
大好きな父に孝行してきます。
今日は小雨混じりの空模様で、2月並の寒い日でしたね。
午後からのスクール、冬装備で出掛けてきました。
今日は先日開院された、てくてくの山本先生も来られて、賑やかな授業でした。
最初に検査の練習をしたのですが、うーむ、改めてその難しさを思い知らされましたね…。
まず、臨床生のH先生の検査をするとカテゴリーⅢが出てしまい、当のH先生もまた元に戻っちゃったかと、ガックリきた様子。でもアームホッサでも反応が出たので???状態。
それが、何人かがH先生の検査をした後に改めて私がやってみると、Ⅲの反応は不思議と消えていました。
何かが原因で最初に偽の反応を示していたようです(汗)
うーん、厄介ですね。
その後、臨床生のO先生(女性)の検査をしたら、私の結果はⅡだったのですが、他の人ではⅢだったりしてこれまた???状態。
遠藤先生が試しに逆ブロックを入れてみたり、とある場所の矯正を軽くやって経過をみたら、やっばりⅡが見つかりました。
うーん、これまた難しいですね。初めて検査する患者さんだとしたら、果たして自信をもってⅡのブロックを入れられるかどうか…。
もっと修行を積んで、検査の精度をあげないといけませんね。
でもこのところ、とても実践的な授業が続いていて、毎週すごく勉強になっています。
ともに同じ目標を持った仲間と学びあえるって、ホント、最高に楽しいですね!
いま、スクールからの帰り道ですが、もう来週の日曜日が待ち遠しいぐらいです(笑)